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わたしはいくが、あなたはのこる



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「わたしはいくが、あなたはのこる」永遠に越えられぬ偉大な人

 50代の男性だった。医師になって2年目、佐久総合病院の小海診療所で研修中に、師匠の清水茂文先生(元佐久総合病院院長)に連れられ往診した先で彼に出会った。

 17年前、まだワープロを使えなかった私。ワープロでしか意思表示ができなかった彼。彼は、筋委縮性側索硬化症(ALS)で、四肢が全く動かず、人工呼吸器をつけていた。

 ただただ驚いた。今でもICUで管理するような重症患者を当時から在宅で診ることができた佐久の医療。それを支えていた家族の力。清水先生と患者、家族との深い信頼関係。その何もかもに。

 しかし何より驚いたのは、彼が、微妙な瞼の動きだけでワープロから紡ぎ出す言葉だった。ALS患者は重篤な筋萎縮と筋力低下を来すが、感覚系は侵されず、意識は清明だ。

 彼の話の具体的な内容までは思い出せない。しかし、彼は「自分の死」について話していた。痛いとか苦しいとか、泣き言を一切言わず、淡々と死を語っていた記憶がある。

 往診から数日後、彼から一通の手紙が届いた。彼の主治医は清水先生であり、初めて会った研修医になぜ手紙をしたためたのかは分からない。もしかしたら、変わった医者だと面白がってくれたのかもしれない。あの日そこにあった何もかもに圧倒された新米の医者は、彼の「私はもうすぐ死ぬ」という言葉に「そうですね」と能天気に相槌を打ってしまったような気がする。ともかく、私の何かが彼の心に触れたのだろう。

患者自らが選び取った死
 封を切ると、ワープロで書かれた短い文章があった。「わたしのりょうめをしっかりみたあなたへ、いいおいしゃさんになってね」

 文末に「また、あそびにきてください」とあったので、葉書で「いずれ、伺います」と返事した。そして、小海診療所での1カ月の研修の最後の日に、一人で自宅を訪問した。

 そのときも、彼は「自分の死」について語った。私も誠実に自分が思ったままを話した。当時は医師としての経験が浅く、あまり自覚できなかったのだが、その後たくさんの患者を看取って、彼がいかに特別な人だったか今はよく分かる。あんなに心静かに目の前にある「自分の死」と向き合える人は、後にも先にも彼しかいない。

 数カ月後、研修を終え本院に戻っていた私に、また彼からワープロ打ちの手紙が来た。とても短い手紙で、そこに「わたしはいくが、あなたはのこる」という一節があった。

 不吉なものを感じて、数日後、彼の家に行ったが、彼は既にこの世の人ではなくなっていた。数カ月前の様子からすれば、何か特別なことがなければ、まだ死ぬはずはない。しかし、奥さんになぜ亡くなったのか尋ねられるはずもなく、焼香をして帰ってくるしかなかった。

 彼の死に際のありようを知ったのは、それから4年後の新聞記事だった。清水先生を取材したその記事で、彼は口から物を食べられなくなった時点で、経鼻栄養を拒否し、清水先生を説得して死を選んだということを知った。そう、彼は死んだのではなく、自ら死を選び取ったのだ。彼が語っていた、生前の言葉そのままに。

 医師と末期患者が話すとき、無意識に死を忌避する。死がすぐそこにあると分かっているのに、そんなもの存在しないかのごとく、目をそらし、ごまかし、やり過ごす。私も例外ではない。

 彼が住んでいた家は、私が車でいつも通る道からよく見える場所に今も建っている。そこを通るたびに彼のを勁(つよ)さ思い出し、自分の弱さを思い知らされる。彼の死は、永遠に越えられないものとして、今も私の中で生きている。 (談)

まとめ:風間 浩


色平哲郎氏
Tetsuro Irohira
JA長野厚生連・佐久総合病院地域医療部地域ケア科医長●1960年生まれ。90年京都大学医学部卒業。みさと健和病院(埼玉県三郷市)、南相木村国保直営診療所長などを経て2008年より現職。









自分の姿と重なった。



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病院で過ごす毎日より
アンデスの山岳地帯で過ごす日々の方が 生と死はリアルで
自然と私の隣にあった。

生が際立つ程
「生きる」ことに貪欲である程
死が際立つ。
それはあまりにも自然に
傍らにいるのだ
意識せずとも。


エネルギッシュな生と
清々しいほどの死



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sterben



ドイツ語で死を意味する。
病院内で使われる言葉。
今月、何度も耳にした言葉。使用した言葉。
きっと、来月も。







明日も雨らしい。
by 2pinoko | 2009-05-29 23:14 | 出会い。
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