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これから



いくつかご報告があります。


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まず、ずっと悩んでいた進路ですが
小児科医として歩んでいくことを決めました。
以前から考えていた外科系から内科にしたのは
cureよりcareに興味を持ったことが一番の理由です。
学生時代ずっと自閉ちゃんと過した日々もこの選択に大きく関わっていると思います。

医者としても、小児科医としても
まだまだ未熟者ですが
自分で決めた道に責任を持って頑張ろうと思います。
小児科医、ぴのこ。
医学生ぴのこから始まり
研修医ぴのこになり
4月からは小児科医ぴのこです。
何だか不思議な感じがします。
これからもぴのこ、まほろま。をよろしくお願いいたします。



そして、報告をもう一つ。
先日無事、結婚式を挙げることができました。
関係者の皆様、何から何までお世話になりっぱなしで申し訳ない。
お陰でとても楽しくて幸せな一日でした。
心から、ありがとう。

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3月11日、地下の細菌検査室にいた私は尋常ではない揺れを感じ、あわてシャーレを押さえました。
何かとんでもいことが起こった。そう思いました。
その日の当直は、救急外来の受診者は少ないものの
未明まで帰宅できない患者さんや職員で外来はごった返しており
大きな不安に包まれた一夜でした。

私は医学部6年間、雪国で過ごしました。
東北にいる同期に電話をしましたがつながらず
とにかくメールだけを送って彼らの返信を待ちました。
地震から2,3日後、やっと皆の無事が確認できて
ほっとして涙が出ました。
仙台も、石巻も、気仙沼も、盛岡も、八戸も、茨城も、日立も
「皆、無事です。」
ほっとしましたが、その後の報道を見るたびに今も彼らが電気もガスも止まり
物資も足りなく不便を極める中激務にあたっていることを考えると
何も出来ない自分が情けなかった。

震災から2週間後に挙式を控えていた私達は
式を中止するつもりでいました。
余震、交通の混乱、物資の不足、原発も問題もあり世の中が漫然と不安に包まれている中
とてもお祝いのムードではないと思ったのです。
そう思って東北にいる彼らに連絡を取ったのですが、逆に喝を入れられてしまいました。
「こんなときだから、ちゃんと式、挙げてきなさい。それで、ちゃんと報告しなさい。」
「俺たちはいけないけれど、お祝いしてもらっておいで。」
「みんなちょっとずつ何かを我慢して過ごしているんだから、明るい話題を提供してきなさい。」

東北にいる友人たちの言葉に後押しされるような形で
予定通り結婚式を挙げさせていただきました。

幼少時からお世話になっている幼馴染のお母さんのお店に御支度してもらって
幼馴染含め多くの友人にお手伝いしてもらって
規模は小さな式でしたが、特別な1日になりました。
たくさんの良き友人たちに囲まれて、私は本当に恵まれていると思います。
ありがとう。
震災後からあまり見られなかった皆の笑顔が見られて
私も嬉しかったです。

震災の影響で会えなかった友人が
今も被災地で激務の中にいる同期や先輩、後輩たちが
被災地で避難生活を送る皆様が
心から笑って、安心して生活できる日が一日でも早く来ることを願っています。
一医療者として、一人の人間として
私のできることをしていきたい。


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こぶしの花が咲いたよ。
風の香りが変わったよ。
今日はとても暖かかった。
公園で食べたチョコパンが、とてもおいしかった。
桜が咲き始めたんだって。

春が、来たよ。
春だよ。
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by 2pinoko | 2011-04-07 00:34 | つらつら。