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国家試験



合格しました。
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by 2pinoko | 2009-03-27 15:32 | お勉強。

6年間を振り返って(2)



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続きはまたなんて言っておきながら、ゆっくりPCに向かう暇もなく過ごしておりました。
南米から帰ってきて以降は国内をまわっておりまして
先日やっと自分のアパートにもどって来ました。
こんな理由で「忙しい」なんて贅沢な話です。

ぽかぽか陽気の山桜の道を歩き、ダウン着こんで雪山を上り
南へ北へと訪ね歩いていたわけですが
一面の菜の花でも真っ白に光る雪景色でも
変わらないのは風にのって運ばれてくる春のかほり。

今年も、また、春がやってきました。


そろそろ研修に向けて勉強でも、と思っていたのですが
まず片付けるべきは引っ越し準備の様です。
昨日大量のファイル教科書問題集の類を処理しましたが
まだまだ、まだまだのようで。
特に台所回りとかどうしたら良いものか・・・・・。
果たして私は引っ越せるのでしょうか。

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話を戻しましょう。


やり場のない気持ちをいろんな形で表現できたのがこのまほろま。でした。そしてブログをきっかけにいろいろな人の考えにも触れ、テレビや新聞ではわからない「声」も目にするようになりました。

今後の自分について真剣に考えるきっかけとなったのは3年前の大野病院事件です。あのニュースは学生の私にも衝撃的であり、自分の行く末に大きな不安を覚えました。自分が既に「こっち側」の人間になってしまっている事実に気付かされ、かといって医療者側の意見に完全に同意できるわけでもないその気持ち悪さ。ネット上で繰り広げられる討論に(討論などと呼べないものも多々見受けられましたが)立場の違いから生まれる溝は限りなく深く感じられ、その当時は自分の進む道に全く希望なんてないのではと思ったくらいです。将来について、医師という職業について、自分の立ち位置について、女性であるということについて、考え始めたのはこのとき。大学3年生でした。


大学生活の後半は忙しく、常に何かに追われた生活していたような気がします。そしてプライベーにおいて、個人的には最も辛い時期でした。
実習が始まり慣れないことに右往左往し、自分の無力を思い知る日々。
そんな時期に辛いことが重なり、途方に暮れ、もうこれは進むしかないのだと自分に言い聞かせて盲目的に走り続けていたように思います。良くないことというのは重なるもので、続けて2重3重と圧し掛かってくる苦渋に耐えきれず、私はよく逃げ出しました。自分がこんなに卑怯な人間だと思わなかったし、陋劣な自己を恥じました。人間というもの、人の死に向き合うことが恐ろしくなり、このままの進路でいいものかと悩んだりもしました。薬のお世話になった時期もあったし、しまいには大学を休学したいと言って親を心配させたこともあります。それでも容赦なくやってくるのが就職試験であり卒業試験であり、自分の調子と相談しながらのらりくらり日々を「こなす」毎日でした。へらへら笑っている自分に嫌気がさしたものです。可笑しくもないくせに。

うだうだと考えるのです。今の自分、将来の自分、昔の自分、さて、どう歩く?


救いとなったのはこのまほろま。でした。元気じゃない自分でも「元気」でいられたし、そうすることで自分自身を励ますことができました。また、虚勢を張ることもなく疲れたときは疲れたのだと言える場所。うだうだと感情や思考の断片を文字にすることによって、私は自分自身と向き合っていたのだと思います。
そして何より支えとなったのは家族を含む私の大切な人たちです。いつでも彼らが健康で、笑っていて欲しい。原点はここであり、思い出させてくれたのもまた、彼らでした。
くわえて時間の経過は私に考える余裕と卑劣で弱い自分を認める勇気を与えてくれました。そして、自分のこれからに向き合う勇気も。

入学当初に抱いた気持とずっと見つめ続けた現実と現在の覚悟、全部ひっくるめてまずは一歩一歩しっかり歩いていきたいと思います。ずっと正解のわからないまま考え続けてきたことへの現時点での答えです。
国試前に今のような気持ちになれたことは本当に良かったと思います。そうでなければ国試も全くやる気のないまま受験して、不合格になってもきっとショックさえ受けなかったでしょう。




合格発表前に書いておきたかったこと。

応援してくれた人に
優しさをくれた人に
楽しい時間をくれた人に
私を支えてくれた人に
私の成長を見守ってくれた人に

まだ合否はわかりませんがちょっと人より長かった学生生活もとりあえずは終了です。
ここまで長々と読んでくださいましてありがとうございました。
完全に自己満足でしかないまほろま。でしたが、それでもPCの画面の向こうにいるあなたの存在を意識することで今の私を保つことができたのだと言っても過言ではありません。
研修医になってもまほろま。を続けるかはわかりません。もしかしたら4月からは研修医ではなく、医学にちょっと詳しいただの人になっているかも知れませんが(!!)。
相変わらずまとまりもつかず申し訳ありませんが、以上が今の私の等身大の気持ちです。ずっとまほろま。の住人だった「医学生ぴのこ」には私の中でけじめをつけ、これからは前をみてしっかりとこの先の道を歩んでいきたいと思います。



ありがとうございました。





                             ぴのこ
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by 2pinoko | 2009-03-23 21:41 | つらつら。

6年間を振り返って(1)

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国家試験が終了して一か月が経ちました。この一か月何をしていたかというとそれはもう遊ぶのに忙しかったわけです。そしてそれは月末まで続くのですが・・・・。国試が終わってすぐ4月からの部屋を決め、そのまま卒業旅行で地球の裏側へ逃亡。帰国してからも第2の卒業旅行に出かけておりまして、昨日自分の部屋に帰って参りました。来週は3回目の卒業旅行。友人には何度卒業する気なんだと突っ込まれてしまいましたが、研修先の病院に4月までは遊び倒して来いと言ってもらったのを免罪符に遊び狂って(笑)しまおうと思います。引っ越しの準備がさっぱり進まず困っていますが、自業自得ですね。


国家試験の合格発表は3月27日です。
合否が出る前に書いておこうと思ったこと、それは人よりチョイとだけ長かった学生生活を振り返って、です。


私が医学部進学を決めたのは高校2年生の終わりか、3年生の始めか・・・・。実はもうはっきりと覚えていませんが友人とひょんなきっかけで参加した大学のセミナー(学部自体は文系でしたが)で感銘を受け、その後の自分の進路についてずっと悩み続け、受験間近になって決心したのが医学部進学でした。医学部入学後ずっと自閉症児と関わってきたのもあの時のセミナーの影響が強かったのだと思います。

医学部進学を決める理由は人により様々です。憧れの職だったから、家を継ぐため、偏差値が高かったから、家族の病気がきっかけで、人の役にたちたかったから、ただなんとなく。実際に医学部に籍をおいてまわりを見てみるとその入学理由は様々だったし、温度差もありました。
なんとなく流れに乗って医学部受験をし、合格したのでここにいる。そういう人が多いことに当時の私は驚き「自分は違うんだ」と深層で優越感に浸っていたりもしました。今思えばつまらないプライドです。

私も周りの皆と同じように大学生活をこなし、十分に楽しんだ自覚はあります。そんな中で大抵の人がそうであるように入学時の気持ちなど忘れ流されてしまっている自分も感じていました。私はいったいどうしたいのか、何がしたいのか、どうなっていきたいのか。そんなことを考えてみても試験だのなんだのこなしていかねばならない課題や仲間との約束や部活に追われ、日々は過ぎていきました。



大学生活を十分に楽しんだ自覚はあると書きましたが、同時にずっと違和感も感じていました。医学部というこの特殊な空間について、私はいつもどことなく馴染めない感覚を抱いていたのも事実です。何だか、おかしい。入学してすぐに抱いたこの感想は結局覆ることなく今に至ります。将来皆同じ職業につき同業者になる集団・プライドの高い集団・きれものの多い集団・聞き分けの良い集団  医学生。どう表現してもしっくりくるものはありませんが、私の違和感はこの一つ一つの構成要素に起因しているのでしょう。この集団の中にどっぷり浸かりながらまた疎外感を感じている自分。そんなわけで私は医学部というものが残念ながらあまり好きにはなれませんでした。
飽くまでこれは私の問題です。集団としての「医学部」とどうもそりが合わなかったらしい。だからあまり大きな飲み会に顔を出すのも苦手だったし、一人でふらふらしていることが多かったようにも思います。



長くなりそうですね。
続きはまた。
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by 2pinoko | 2009-03-13 20:29 | つらつら。