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2008年総括

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・穴にはまったお正月
人々の優しさに助けられた年明けでした。


・終着点
対戦相手は自分自身


・ブーツに脚が入らない
一日中立ち続けるとこういう事態になるのだと学習。
一人ですることが増える分忙しくもあり勉強にもなり。
進路についてまた悩むわけです。


・じゃんけんに負けた
それが良かった。
予想通り忙しかったけれどとてもかわいがってもらいました。
鴨鍋また食べたい・・・・


・違う角度から感じる春
見つめなければいけない現実と向き合いたくもない事実。
決定を下すのが自分であることが恐ろしかった。


・地に足が着かない
このまま飛んでいけるならいい
足がつかないついでに羽も生えてくれないかと空を見上げる頻度増。


・それでもやってくるマッチング
悩んでもわからない、のに期限が迫る⇒進んでみるしかない。
あっちゃこっちゃで大変疲れました。
足がふわふわな分エネルギーも余計に必要だったのでしょうか。


・殻に入り込む
戦って戦って嫌になってもう逃げ出そうかというときに
卒試は容赦なくやってくる。
卒試相手にしている場合じゃないんだって。
後回しにしたら後から追ってくるものが多すぎて
だんだんとあせることになったわけだけれど。


・4月から
研修先も決まり
卒業も決まり
残すは国家試験のみ。
頑張らないと。





2008年、残念ながら2007年に引き続き私にとってはとても辛い1年でした。
色々あった一年だったけれどもちろん救われることも多々あって
人が信じられなくなりそうなときにも「安心」をくれる人がいて
感情に押しつぶされてしまうときにも「愛情」をくれる人がいて
皆にちょっとずつ元気をもらい、私は生かされているのだと痛感します。

感謝 感謝。


2008年総括の画像は昨年と同じ場所から撮影したものです。
こういう一年を振り返るのは、やっぱりここから。



冷え込む年末
皆様、良いお年をお迎えください。
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by 2pinoko | 2008-12-28 17:25 | つらつら。

今日がどういう日なのか


本日は大野病院事件の判決が下る日です。


大野病院の事件は医療関係者に知らない者はいないほどの事件ですが、そうでない方にはあまり認識されていないのが現実です。
全国の医療者が今日の判決に注目するほど、この事件・判決の持つ意味は大きなものです。






私は基本的にこの場所で時事問題や医療問題について語ることはしないようにしています。
というのも私がこんなところで呟いている目的はそこにないから。

それでもこの事件をめぐる動きに、大きな衝撃を受け記事にしたのが2年半前。
悶々とした気持ちで私はこの記事を書きました。

どう考えますか?06/2/22

06年4月以降、ネット上でこの問題について語ることはしてきませんでしたが、その動きはずっと気にしてきました。


以下はこの件に関連した私のエントリです。
あの頃と今とでは考える内容も少々変わりましたが、当時の私の思いを新しいものから再掲しておきます。

群青と白07/2/25
雑感06/4/28
今日は歌いたい06/4/19
友人からのメール06/3/22
考えてみる<後編>
考えてみる06/3/7


あの事件が新聞で取り上げられ話題になってから、医療現場では多くの変化が見られました

いえ、顕著になった、のほうが適切なのかも知れません。学生の私が肌で感じ取ることができるくらいに、変わっていったのです。
それが患者さんにとって、良いものであったのかどうかは・・・・・・。
しかし、変わらなければならない時期だったのかも知れません。
きっかけがあの事件であっただけで、この流れは必然だったのだろうと今は思います。


この2年半、医療ニュースをずっと追いかけてきました。
そして、いかに偏った情報で(時には感情で)報道がなされるものなのかがわかりました。
既に学生であっても、私は「こっち側」の人間になってしまっていて、一般の人々との間の壁を認識せざるを得ませんでした。
それが驚きであり、同時に悲しくもありました。
しかし最近では、医療者叩き一辺倒であったものから、多面的に問題をとらえ、真実を映そうとする番組も増えました。
2年前では考えられなかったことです。





私は自分の立ち位置について、あれからずっと考えています。



今日は敢えて、記事にします。
大野病院の医師の無罪を願っています。
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by 2pinoko | 2008-08-20 02:42 | つらつら。

バカの吉田


よく行くお店 ギネスを楽しみに 

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そういえば、飲みに行くことが本当に増えたなぁと。



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情動的・短絡的
根気がなく短気
変に格好つけたがり
ちょっと悪ぶってみるけれど「不良」にもなりきれず
虚勢を張ることで自己を保とうとする
それでも小さな妹たちにはやさしいおにいちゃん
これが、バカの吉田。
私は親しみをこめて彼をそう呼んだ。

吉田は小・中学校の同級生だ。



吉田は面白いことが大好きだ。
吉田は勉強が大嫌いだ。
彼はよく先生に怒られて涙目になっていた。
「どうしてもっとうまくやらないかなぁ、あんなことすればバレて怒られるのが目に見えているのに。」
一方当時のぴのこ少女は冷めた目で遠巻きに吉田を見る、どうも可愛くない子供だった。

しかし、どういうわけか吉田は私によく懐いていた。
懐いていた、なんてまるで犬か猫のようだが、つぶらな瞳で本当に、本当に、本当にどうでもいいことを私にいちいち報告しにくる吉田は、無邪気な(そして私にとっては面倒くさい)図体のでかい小動物、といったところであった。
(後に、俺あの頃ぴのこさんのこと好きだったんだよね、と告白されて、大笑いしてしまった。今思うと大変失礼なことをしたと思う。。。。)

中学3年生で吉田とクラスが一緒になった。
修学旅行の班も一緒。
班長の私は彼の自由奔放な行動の監視役といったところで
ちょっと、時間に遅れるでしょ!?早く早く!!ダメ、そこ入っちゃ、こっちだってば。
と文句ばかりだったのを覚えている。

秋になったころだったか、吉田とクラスメイトもう一人が真剣な顔で私の席までやってきてこう言った。
「俺ら、高校行きたいんだ、受からせて。」


このクラスの2大バカにまさか自分が勉強を教えることになろうとは思わなかった。
人に教えるのは嫌いではない、が、これは本当に骨の折れる作業だった。
まず、吉田は複数形のsと三人称単数現在形のsの違いを分かっていなかった。
因数分解を教えようにも、二乗の計算ができない状態であった。
学力的な問題はいい。
やればできる、今までやってこなかったからわからないだけなのだ。
問題は、彼らに集中力がないということ。
脱線しそうになると、私はよく教科書で頭を叩いていた、こらきけ!受かりたいんでしょ!?とね。

そんな甲斐あってかどうかは実際のところわからないが吉田は公立高校になんとか合格したのである。




これでめでたし、とういわけにはいかなかったのが、吉田らしいというか当に吉田というか。
せっかく受かった高校を、3ヶ月で中退したのだと風の噂で聞いた。
全く何のために勉強を教えたのか。まったく。
それきり吉田の噂は聞かなかったが、それが彼が元気でやっている証拠だと思っていた。


高校2年生のある日、突然家に吉田から電話がかかってきた。
(当時私は携帯電話なんてもっていなかったので)
突然何かと思えば何ともびっくりな相談であった。
吉田君、高校中退後県外へ出て就職、結婚、子供もできた。
しかしその子供の血液型を考えると、どうも自分の子供じゃない気がする、というのだ。
17歳の私にはこれまたショッキングな内容で
それは彼にとっても同じことで、俺、みのさんの番組に出られそう、と苦笑いしていたっけ。

それからというもの数か月に1度、吉田から電話がかかってくるようになった。
相談、というよりは、教えて!という内容が多い。

「俺、通信で高校卒業の資格取ろうと思って。」
「お、偉いね。がんばって。」
「でさ、課題わからないんだけれど~~~~~を説明せよ、だって。」
「ああ、それはね、~~~~~~だからだよ。」
「もう一回、ゆっくり。」
「ねえ、まる写しじゃなくてちょっとは自分で考えたら。」

「あのさ、英単語なんだけれど、○○○○の意味ってなに?」
「は!?そんなの自分で調べなよ。」
「わかんないからぴのこさんに電話してんじゃん。」
「辞書買え!」 

「あのさ、もうすぐ卒業できるかも知れない。」
「おお!じゃあ頑張って。」
「だから課題やって。」
「・・・・・切るよ?」





数ヶ月前にメールが来た。
高校の卒業証書の画像が添付してあった。










今でも相変らず吉田からの連絡はあって
ここ数年は風邪ひいたらどうしたらいいだの、白血球が増えたから白血病かな!?だの
そんなのばかり。
電話を切る時はまったく、と思うのだけれど
元気な声を聞くと私も安心するのである。


たぶん、そろそろ、バカの吉田から電話がかかってくる時期だ。
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by 2pinoko | 2008-06-03 18:26 | つらつら。

こたつにもぐりこみながら

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     牛

牛っていいな
くっちゃね くっちゃね
毎日 毎日 繰り返し

牛になりたい
毎日 毎日
くっちゃね くっちゃね していたい



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大爆笑。なんとこれは私が小学生の頃課題で書いた詩のひとつ。
思い返してみればいつも眠い眠い言っていた気がする。
小学生ぴのこ少女は明らかに寝不足だった。
母に見つからないようんみベッドにもぐりこんで電気スタンドを付け
本や漫画ばかり読んでいたのである。
当時は、今では全く読まなくなってしまった外国文学ばかりを布団の中にしのばせていたっけ。
気がつけば朝ということも珍しくなかった。
よく目が悪くならなかったものだ。
・・・・身長の伸び悩みの原因はこれだと思うけれど。

しっかし、今も昔も何にも変わらない。
ナマケモノになりたいなぁなんてぼへっと考えていたりするのだから。

ときどき「なんにもしたくない病」というものが襲ってくる。
それこそ、本当に、なにもしたくないのである。
勉強したくない。掃除したくない。風呂に入りたくない。ご飯も作りたくない。掃除もしたくない。起き上がりたくない。人に会いたくない。白衣に袖を通したくない。階段をのぼりたくない。わらいかけることさえ面倒になる。先のことを考えたくない。ねじれているならもう近付きたくもない。それでも捨てきれない。期待に応えられない。なにもかも、リセットできればいいのに、と。
そうやって向き合わなければいけない問題を先延ばしにしているのである。




春になる。
いつの間にか、春になる。
圧倒的に広がる自然を前に季節の移り変わりを感じる。

ナマケモノばかりもやっていられない。
ちょっと足踏みしてから、頑張ってみますか。
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by 2pinoko | 2008-03-06 22:10 | つらつら。

ネズミ算式


                       戦いの前の静けさ
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遅くなりましたが、皆さま、あけましておめでとうございます。
毎年のことながら、年末年始は忙しくしておりました。
遊びに来て下さる方
あたたかいコメントを下さる方
昨年一年ありがとうございました。

赤と青と白のコントラストを見上げながら
新年 気持ち新たに。


2008年
多くのことが「決まる」 多くのことを「決断する」 1年。
実習にも試験にも追われることになりますが
何とか乗り切りましょう。
進むことを決意したならば。


元旦の風景に心癒され
上機嫌のまま不意に災難に見舞われ
それでも人々の優しさに触れ
夜はゆっくり心の凝りをほぐしました。

全速力の後の爽快感は最高。



      見つめる
      見つめ直す
      顔をあげる
      手を前に出す




2008年の目標です。






今年もどうぞよろしくお願いいたします。
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by 2pinoko | 2008-01-07 14:02 | つらつら。

Last Night I Had The Strangest Dream


      
     子供だった。
    
     それは幼稚園の父親参観日だった。

      

 
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幼稚園バスからおりたら、まず裏の林に遊びに行った。
山の中にあるという、珍しい立地で、毎日木の実を探したり、泥団子を作ったり
野うさぎを見つけたり、木に登ったり
とにかく腕白の限りをつくした幼稚園時代だった。



そして、その頃の日曜日と言えば、病院とカセットとイタリアンだった。


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毎週家族4人で新宿のJR病院に向かった。
祖父の見舞いだった。

祖父との思い出は少ない。祖母に至ってはほとんどない。
一緒に動物園に行って私が迷子になったこと(私はよく迷子になった。周囲の物に気をとられていると気がつけば自分1人になっていた、ということは少なくない。おまけによく溺れて死にかけた。水が嫌いにならなかったのが不思議なくらいである。)
私が母に叱られて泣いていると壺から黒飴をだしてこっそりくれたこと、
そして両親が病室にいないと私たちに嗄れ声でマーゲンチューブにビールを流し込めと言っていたこと、
これが祖父について私が覚えている全てである。

小さな私に死という実感はなかった。毎週おじいちゃんに会いに行く、それだけなのだ。
日曜日は家族そろって出かける珍しい日、車の中でビートルズとサイモン・アンド・ガーファンクルが流れる日、そしてイタリアンレストランに行く日、だった。

日曜日の車の中では必ずビートルズとサイモン・アンド・ガーファンクルがかかっていた。
私はHe Was My Brother が大好きだった。母は「変わった子ね」と言った。
カセットを聴きながら必ず帰りに寄る店があった。国道の下の、地下にあるイタリアンレストラン。
照明は落とされており、各テーブルの上には太いローソクが置かれていて
この溶けた蠟を剥ぐのが私の毎週の楽しみだった。
大きな塊を細心の注意を払って、とる。
剝ぎとった蝋は大切に紙ナプキンに包んでポケットにしまった。

父も母も、もちろん私たちもよく食べた。
一度4人で13皿注文し、店のシェフに心配されたこともある。
4人とはいえ2人は小さな子供だ。今にして思えば、よく食べられたものだと感心してしまう。
ここのイカスミとロブスターが最高に美味しかったのを覚えている。


日曜日は祖父の見舞いの日。
だけれど、私は毎週のこの日が楽しみだったのである。
家族の揃う、お出かけの日だったのだ。




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舌癌術後の患者さんを受け持った。
祖父と同じ、大酒のみの、愛煙家。

CDを借りに行った。
久しぶりに聴いた He Was My Brother
自分は音痴だと信じて人前で歌うことのない父だけれど、若者たちと The Sound Of Silenceだけは口ずさんでいたっけ。

味わえなくてもいい、チューブにビールを入れて欲しいと言って父に怒られていた祖父。
ベッドサイドにいる私はあの頃と同じ。

父はどんな気持であのカセットを聞いていたのだろう。
日曜日だけ 繰り返し 何度も何度も




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最近は、昔のことをよく思い出す。
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by 2pinoko | 2007-10-31 01:24 | つらつら。

秘密

  
    ね、ね。
    これで学外出てもいいと思う?

    まぁジャケットで見えないけれど・・・・。
    そんなに面倒?着替えるの。 
    あ、せめて聴診器はおいていきなよ。
 


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そんなわけで今日の空き時間に街中をてくてく。
雨上がりの空気は重みがあって
優しい風 が吹いていました。


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考えていました。

伝えるべきか否か 迷っています。
伝えるのならどうしたらいいのか 
どうやって“それ”を告げればよいのか わからないのです。

今日もてくてくしながら
今メールをしてみるか やっぱり電話か
でもきっとつながらないから それならどうやって伝えるか。
画一化された文字で伝えるのは嫌だし
かといってうまく自分を説明できない私が自分の口でどこまで伝えることができるのか
じゃあ手紙を書こうか いやそんなこと出来ない

そうやって同じことを何度も何度も考えているのです。

“それ”は私の頭の片隅にどんな時もでんと居座っていて
勉強していても ご飯を食べていても
検査を見ていても opeを見ていても
飲んでいても 走っていても
テレビを見ていても 寝ている時でさえも
ふらっとやってくるのです。
「ちょっとあんた、どうするつもりなのよ。」と。

それをもう1カ月近くずっと繰り返していると 
まるで恋する女の子みたいで。
あの人に伝えるべきかしら でも決心がつかないわ
毎日がどきどき
「恋する乙女」がごとく寝ても覚めてもそれに悩む自分が
てんで馬鹿らしくなってきて 私はてくてく決心したのです。
  よし 今日 私は やる。
大きく息を吸い込んでもう一度
  うん きっと 伝えるべきなんだ。






決心してロッカーに戻ると
伝えるべき時期を逸していたことが判明。
だめみたいだ しばらくは。
伝えられたとしても それは一か月先の話になってしまいました。

また私は一か月近く 寝ても覚めても
あなたと“それ”について考えなければならないようです。
恋する乙女がごとく。








         

  美しく実る稲穂に 愛を知る 夢も終わる
  駆け出した 風に逆らい 夕焼けが僕らを染めていた

  あり得ない明日に憧れ 何度でも無理にふくらまし
  そんな日々を軽くなでられ なんでだろう 涙が止まらない
  なんでだろう 君から逃げられない

  誰にも会えない気がしてた クジ引きだらけの街にいて
  もうウソはつけない 無性に何か飲みたい
  初めて本気でカワイイ蜂に刺された

  泣き笑い ドラマよ続け 夕焼けが僕らを染めていた
  夕焼けが世界を染めていた

  ケモノになれないケモノでも 優しくされたら燃え上がる
  遠い国の景色 今 君に見せたい
  最後の花火を二人で打ち上げようよ

  泣き笑い ドラマよ続け 夕焼けが僕らを染めていた
  夕焼けが世界を染めていた


   

                      『稲穂』  

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by 2pinoko | 2007-10-29 20:15 | つらつら。

しゃんと しっかり

窓を開けてベルの音を聴いていました。この夏もいい音色の風鈴を探したけれど気に入るものが見つからず、いつもと同じ猫とボタンのウィンドウベル。

玄関のチャイムが鳴りました。週末ならまだしも日曜の夜にどちらさま?ドアを開けるとクロネコのいつものおっちゃん。いつもご苦労様ですー、送り主はやっぱり母。野菜、パン、ジュース、小さな箱にぎっしりの愛情でした。つい一週間前にも送ってくれたばかりなのに。



大切なものを失いました。またひとり、大切な人がいなくなってしまいました。
毎晩空を見上げますが、ここに星空はありません。
最後に会ったのは一ヶ月前。私はあなたの最期の顔を知りません。あの時のあなたが私のリアルです。



私は逃げました。目の前にあるものから逃げました。母はそんな私を責めませんでした。

心配する母が、あれやこれや色々考えて荷物を詰めてくれたことを考えると胸いっぱいになって、涙が溢れました。情けないなぁ、私。支えてあげなくちゃいけないのは私なのに。




どこかに帰りたいと言ったら、いつでもココに帰ってくればいいと彼は言いました。俺らの所に帰ってくるんだろう?私にはお家がいっぱいあるようです。私は早く帰りたい。






秋です。
昨晩は後輩達がやってきて、夜遅くまでスイーツ三昧、美味しいものの季節です。そうだ、季節を楽しまなくちゃ。

もう一週間。
しゃんと、しっかり。
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by 2pinoko | 2007-09-10 08:14 | つらつら。

理想

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初恋

 砂山の砂に
 砂に腹這い
 初恋のいたみを
 遠くおもい出ずる日



           石川啄木作詞・越谷達之助作曲







歌いたくなった。
野外で真昼間から歌うにはちょいと不快指数が高いけれど
またギターを持って行きませんか?



ぴのこちゃんの理想ってどんな?と聞かれてあげてみた。

・誠実な人
・趣味が共有できる人
・美味しいものが好きな人
・ピアノが弾ける人
・お酒を一緒に楽しめる人
・おバカなことで笑える人
・自然を楽しむ心をもっている人
・スポーツが好きな人、運動するのが好きな人
・細かいことを気にしない人
・一緒にお料理が楽しめる人
・話の聞ける人
・一緒にいて安心できる人
・私の感覚的発言についてこられる人
・映画が好きな人



飽くまで理想ですが。理想と現実は違うのが世の常。
で、これは絶対というのを残して削ると3つが残る。
さて、どれが残ったでしょう。



数日ちょいと休憩、8月からまたわたわた頑張ります。
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by 2pinoko | 2007-07-30 22:45 | つらつら。

心について



それは複雑で到底全記号化され得ぬように思われる。



一度沼の底で
己を認めてしまえば
もう怖いものなどないと思ったのに
後に残るは醜い自分だけであった。

大きな流れにこのまま身を任せて
私は受容され得るのだろうか。


恐ろしく利己的で情けない自分と一緒に
あたたかいものに包まれて溶けてしまいたい。
目を閉じて
深呼吸をして
考える
私の大切なものは何だったのか。
 
『それがかえって私の孤独を明るくした』

言葉を反芻する。






週末を待つ。
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by 2pinoko | 2007-07-20 01:58 | つらつら。