カテゴリ:出会い。( 17 )

決断の年

大変遅くなりましたが、皆様、新年明けましておめでとうございます。
既に2月ですけれど。


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まほろま。でつぶやきはじめてから早6年。
毎年必ず3つの事柄について書いています。
8月にまほろま。○周年の節目に思うこと。(時々9月になったりします)
年末にその年1年の総括。
年始に新年の抱負。
この3つ。

今年もその抱負を語りたいところなんですが
すぐそこに転がっている期限付き事項を消化していくことに必死で
なんだか抱負、というよりは「やることリスト」になりつつありますが

・納得のいく進路決定
・一大イベント
・おうち
・プライドを持つ


2011年はこれでいきます。

今日で2月だというのにまだ進路も決められていないのですが
これについてはいい加減今月中に答えを出したい。
2010年は今後の人生に大きく関わってくる決定をいくつか下し
2011年の初めに最後の重要決定をする、予定。
私はいつもぎりぎりまで如何しようかとうだうだしてますね。

昨年に引き続き、友人たちに支えられ、叱られ、呆れられ。
いい友達をもったなと、彼らに感謝感謝です。
私は割と道草や脇見が多くふよふよしてますが
それでも見捨てないでいてくれる彼らに感謝。
そんな2011年スタートです。


どうぞ、今年もよろしくお願いいたします。



                 2011年  ぴのこ



 
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by 2pinoko | 2011-01-17 23:10 | 出会い。

spring Ⅰ

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春爛漫

笑顔 爛漫


  
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by 2pinoko | 2010-04-22 21:51 | 出会い。

霜月・雨


少し前の話になる。



彼が、死んだ。



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同期から電話があった。
「前担当してた○○さん、なくなったよ。」


若さゆえに進行が早かった。
自分の身に起こったことを理解できずに
入院当初の彼は不安で苛立っていた。
彼の初めの担当になったのが、私だった。


最後に彼に会ったのは彼が亡くなる1週間前だ。
PSがどんどん低下していく彼のベッドサイドに立つことが辛かった。
どう声をかけていいのかわからなかった。
以前のように他愛ない世間話が出来る状態ではなかったから。
カルテで日々状態を追っていても、最期の1ヶ月彼のベッドサイドにたつ時間は減っていた。
忙しくて日中時間がなかったのはもちろんそうだけれど
私が、行けなかった。


後悔した。
もっと会いにいってあげればよかったと。
彼は私の笑顔を見るのが好きだと言った。
私もそういって笑う彼が好きだった。
セデーションをかけるかもしれない、そうカルテに記述されるようになってすぐ。
私のことを楽しみに待っていてくれるのを知っていて、日々の忙しさを理由に私は彼に会いに行かなかった。

彼の身体に巣喰った病変を
彼を、彼の家族を苦しめたその組織を
じっと見つめた。
触ると硬かった。
柔らかい彼の臓器に根深く居座って異質な色を呈していた。

この目で見て確かめたい。
それが彼の希望だった。




私が、見た。




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冬の雨は嫌い。
ストーブの前にうずくまって空を眺める。
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by 2pinoko | 2009-11-15 22:38 | 出会い。

わたしはいくが、あなたはのこる



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「わたしはいくが、あなたはのこる」永遠に越えられぬ偉大な人

 50代の男性だった。医師になって2年目、佐久総合病院の小海診療所で研修中に、師匠の清水茂文先生(元佐久総合病院院長)に連れられ往診した先で彼に出会った。

 17年前、まだワープロを使えなかった私。ワープロでしか意思表示ができなかった彼。彼は、筋委縮性側索硬化症(ALS)で、四肢が全く動かず、人工呼吸器をつけていた。

 ただただ驚いた。今でもICUで管理するような重症患者を当時から在宅で診ることができた佐久の医療。それを支えていた家族の力。清水先生と患者、家族との深い信頼関係。その何もかもに。

 しかし何より驚いたのは、彼が、微妙な瞼の動きだけでワープロから紡ぎ出す言葉だった。ALS患者は重篤な筋萎縮と筋力低下を来すが、感覚系は侵されず、意識は清明だ。

 彼の話の具体的な内容までは思い出せない。しかし、彼は「自分の死」について話していた。痛いとか苦しいとか、泣き言を一切言わず、淡々と死を語っていた記憶がある。

 往診から数日後、彼から一通の手紙が届いた。彼の主治医は清水先生であり、初めて会った研修医になぜ手紙をしたためたのかは分からない。もしかしたら、変わった医者だと面白がってくれたのかもしれない。あの日そこにあった何もかもに圧倒された新米の医者は、彼の「私はもうすぐ死ぬ」という言葉に「そうですね」と能天気に相槌を打ってしまったような気がする。ともかく、私の何かが彼の心に触れたのだろう。

患者自らが選び取った死
 封を切ると、ワープロで書かれた短い文章があった。「わたしのりょうめをしっかりみたあなたへ、いいおいしゃさんになってね」

 文末に「また、あそびにきてください」とあったので、葉書で「いずれ、伺います」と返事した。そして、小海診療所での1カ月の研修の最後の日に、一人で自宅を訪問した。

 そのときも、彼は「自分の死」について語った。私も誠実に自分が思ったままを話した。当時は医師としての経験が浅く、あまり自覚できなかったのだが、その後たくさんの患者を看取って、彼がいかに特別な人だったか今はよく分かる。あんなに心静かに目の前にある「自分の死」と向き合える人は、後にも先にも彼しかいない。

 数カ月後、研修を終え本院に戻っていた私に、また彼からワープロ打ちの手紙が来た。とても短い手紙で、そこに「わたしはいくが、あなたはのこる」という一節があった。

 不吉なものを感じて、数日後、彼の家に行ったが、彼は既にこの世の人ではなくなっていた。数カ月前の様子からすれば、何か特別なことがなければ、まだ死ぬはずはない。しかし、奥さんになぜ亡くなったのか尋ねられるはずもなく、焼香をして帰ってくるしかなかった。

 彼の死に際のありようを知ったのは、それから4年後の新聞記事だった。清水先生を取材したその記事で、彼は口から物を食べられなくなった時点で、経鼻栄養を拒否し、清水先生を説得して死を選んだということを知った。そう、彼は死んだのではなく、自ら死を選び取ったのだ。彼が語っていた、生前の言葉そのままに。

 医師と末期患者が話すとき、無意識に死を忌避する。死がすぐそこにあると分かっているのに、そんなもの存在しないかのごとく、目をそらし、ごまかし、やり過ごす。私も例外ではない。

 彼が住んでいた家は、私が車でいつも通る道からよく見える場所に今も建っている。そこを通るたびに彼のを勁(つよ)さ思い出し、自分の弱さを思い知らされる。彼の死は、永遠に越えられないものとして、今も私の中で生きている。 (談)

まとめ:風間 浩


色平哲郎氏
Tetsuro Irohira
JA長野厚生連・佐久総合病院地域医療部地域ケア科医長●1960年生まれ。90年京都大学医学部卒業。みさと健和病院(埼玉県三郷市)、南相木村国保直営診療所長などを経て2008年より現職。









自分の姿と重なった。



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病院で過ごす毎日より
アンデスの山岳地帯で過ごす日々の方が 生と死はリアルで
自然と私の隣にあった。

生が際立つ程
「生きる」ことに貪欲である程
死が際立つ。
それはあまりにも自然に
傍らにいるのだ
意識せずとも。


エネルギッシュな生と
清々しいほどの死



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sterben



ドイツ語で死を意味する。
病院内で使われる言葉。
今月、何度も耳にした言葉。使用した言葉。
きっと、来月も。







明日も雨らしい。
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by 2pinoko | 2009-05-29 23:14 | 出会い。

できること・できないこと

いつもより30分早く家をでる

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いつもより遠回りして病棟へ向かう

この季節が一番好きだ




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未明。

PHSが鳴る。
レートが落ちてきたと看護師がつげる
急いで病棟へ向かう、カーテンを開ける
Vitalを確認する、オーベンに連絡する
胸の音を聴く、ただ隣で見守る。
DNR(Do not resuscitate)にはなにもしない、できない。
私はゆっくりと部屋を出る。

自分で決めていたこと。
担当の患者さんのお支度は必ず自分も手伝うということ。
お化粧は私がさせていただくということ。
看護師さんと一緒に化粧道具を揃えた。
私の化粧ボックスよりよっぽど充実している。
お着替えとお化粧が大方おわるとご家族をお呼びする。
「一緒にお化粧の仕上げをしてあげませんか。」

覚悟しておいてください。
そう告げてはいても
故人の着替えや化粧道具にまでご家族の気が回らないのは当然のことで
ああ、お気に入りの紅を持ってきてあげればよかったねと皆さん言う。

お支度が終わるとナースステーションに戻って私の最後の仕事
退院許可を出す。
「退院許可  転帰:死亡による」
これが一番嫌い。

この2か月の間科で亡くなった患者さんは全て私が看取った。



もし母の最期を病院で迎えるようなことがあれば
素敵なお着替えと化粧道具を用意しておいてあげよう。
そう思った。




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気がついたらまたひとつ歳をとっていた。

救急当直で診た子の病室を覗きにいったら
「おねーさん」
と言われ、一瞬誰のことだか分らなかった。
21歳の女の子、私よりも大人ぽいくらいと思っていたのに
その子の目からすれば私は「おねーさん」

そんな気はしなくても確実に歳はとっているようだ。


つまらない大人にはなりたくないのに
口からこぼれる愚痴はまさにそれで
上を見上げてはぁと大きくため息ひとつ。

子供のころは虹色のウサギになりたかったし
サンタさんのお嫁さんを夢見たことも、宇宙飛行士になりたいと思ったこともあった。
何にだってなれる気がしていた。
こうやってまた1つ歳をとって
今度は何になりたいんだろう、私は。

毎日ケラケラ笑いながら病院中を走り回って
夢・模索中。
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by 2pinoko | 2009-05-21 23:34 | 出会い。

皐月


綺麗にお化粧して おくり出した。

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天を悠々と泳ぐ鯉たちが
しっとり雨に体を休めてこちらを見ている。
じっと私を見ている。

ラヴェルのピアノ作品全集を買った。
買って2週間経つが、ビニールはかかったままだ。
テレビでグラビアアイドルが騒ぎ立てる声がする。
内容なんてどうでもいい、ただ笑い声に安心して眠る。

無性にピアノが弾きたくて
ふらっと楽器店に入った。
その曲の始めのキーさえ思い出せずに鍵盤の上で指を這わせ
昔の音をまさぐる、まさぐる。
考えるから弾けない、目をつぶればいい。
何度も何度も同じ曲を繰り返した。

ハナミズキは咲いただろうか。


5月、サマリーに追われて
また、スタート。
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by 2pinoko | 2009-05-07 02:09 | 出会い。

あなたに何を告げたい?

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いつも大切を いつもおいかけてるの
まけないわ
こわれてく だきしめるから
つめたいこと手を…




           CHARA 『大切をきずくもの』より





愛しているという強み
愛されているという強み

空気が柔らかい

笑顔が見たい




抵抗するあなたを無理やりに押さえつけて
手足を縛り
体幹を押さえつけて
それでも必死に叫び逃れようとするあなたに何人もが馬乗りになって
誰のために何のために私たちはしているのか
よくわからなくなるのです。

横でお母さんが泣いていました。
「きかない子だねぇ、ほら、静かにしなさいね」
目に涙をいっぱいにためて
既に髪は白く腰の曲がった小さなお母さんにあなたは訴えるのです。
体中で訴えるのです。



世間から忘れ去られたようにひっそり佇む街はずれの施設と
制度に取り残されてしまった生と
見つめる私と


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夏が来る。
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by 2pinoko | 2008-06-21 04:15 | 出会い。

桜絨毯

穏やかな生活

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穏やかな生活、地に足のついた、常識的な生活。
それが果てし無い檻に思えた。
どこまでも続く、優しさと常識という柔らかい縄に絡めとられた、見えない檻。




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また朝になってしまった。

数ヵ月後に卒業試験、国家試験をひかえる「受験生」は最近勉強もせず本ばかり読みふけっている。
ちょっとだけ、寝る前に。が、気がつくと東の空は明らみ始め、ここで寝てしまえば朝は起きられないと思えば結局そのまま起きていることとなる。
今日も早い。





実習期間が終了しても、自分の担当していた患者さんが退院するまでは様子を見に行くようにしている。
他科の実習があるので、もちろんできる範囲でちょっと顔を出すだけなのだけど、それでも一度受け持ったなら経過は気になるものだし、何より、彼らの笑顔が見たい。
そうやってちょこちょこ顔を出すうちに、一ヶ月間の実習中に誰一人退院することのなかった私のチームの患者さんも、一人二人と退院されて行き、3月の末には2人を残すのみとなっていた。
診察しながら。
「○○さん、私明日から春休みで、しばらくここに来なくなるんです。また4月に、と言いたいところなんですが、その頃には退院していていただかないと。」
「そうだなぁ、悪くもならないんだけど、よくもならねぇ。でも今度は外来で会いたいなぁ。」
今年度の実習が始まる前に確認すると、お2人とも退院されていてほっとした。
これで、全員、退院。
そう思っていたのに、棚を見ると見慣れた名前のカルテが。
一か月前、やっと退院されたおばあちゃんだった。
いつもニコニコ癒しだったおばあちゃんは、ぐったりとして生気が全く感じられなくなっていた。
経過が長い病気というのは、良くなったり悪くなったりを繰り返すもので、このおばあちゃんの場合もサイクロイド曲線を繰り返しながら、だんだんと弱っていく、そういう病気。
それでも病勢が落ちつけばおうちで過ごしていただくのだが、入退院を繰り返すうち家にいる時間より入院期間の方が長くなってきた。
そして、今回の入院。
次の退院は難しいだろう。

檻の中から自分を眺めていた。








新歓に顔を出す。
一年生に5年前の自分の姿を重ねる。
私もこんな風に考えていたんだろうか。
後輩たちが必死に明日もおいでよと勧誘している横で、まあ、他もいろいろ見ておいでよ、色々まわって御馳走してもらっといで、この時期しかないんだし、うちも他もいいことしか言わないから適当にあしらっとけばいいさーと言えば、ちょっと先輩真面目に勧誘してくださいよと怒られる。
仕切りも幹事もすべてから解放されれば勝手なものである。
私がしゃべった一年生たちは、皆再受験だのなんだので、新歓慣れしていた様子。
年齢を聞けば何だ、同い年ですかと子供のころのアニメ話で盛り上がってしまった。
まったく気楽な新歓、まったく気楽な六年生。


今週末はちょっと春を訪ねて歩きたい。
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by 2pinoko | 2008-04-11 06:22 | 出会い。

たとえば

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二十億光年の孤独                     

  人類は小さな球の上で
眠り起きそして働き
ときどき火星に仲間を欲しがったりする

火星人は小さな球の上で
何をしているか 僕は知らない
(或いはネリリし キルルし ハララしているか)
しかしときどき地球に仲間を欲しがったりする
それはまったくたしかなことだ

万有引力とはひき合う孤独の力である
宇宙はひずんでいる
それ故みんなもとめ合う

宇宙はどんどん膨らんでゆく
それ故みんなは不安である

二十億光年の孤独に
僕は思わずくしゃみをした
          

                     谷川俊太郎 『二十億光年への孤独』より










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明日にはわかるだろうか。

明日には笑ってくれるだろうか。
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by 2pinoko | 2008-03-05 00:04 | 出会い。

TAPVC


構造から病態を考える、頭を使うから、楽しい。


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飲みに出かけた。



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・確実に毎日12時間は病棟にいる。
 初めのうちは、少しくらい空き時間が欲しいと思ったもんだが
 もう何週間もこれが続くと苦にならなくなった。
 病棟にいる時間が長い分、入院患者さんたちの容体もわかりやすい。
 私でさえ助けとなっている事実。
 マンパワーが不足しているという現実。


・エンゲル係数、やたら低い、はず。
 昼も夜も御馳走になることが多く栄養過多ではあるが。


・もうすぐ受験、私の生徒君がね。
 この私が教えた英語(こっちはまぁいいとして)と社会は成績向上
 ほっと胸をなでおろす。
 あとは合格してもらわないと。
 入試といえば来週は大学入試、学力試験と面接で数日校内閉鎖になるらしい?
 まぁ、病棟は関係ないのだけれど・・・・・・


・段ボールが2箱届いた。ママン。。。。。。
 野菜野菜野菜果物果物魚魚
 一気に家庭度上昇しそうな予感。







私のペースで
今やれることをやれるだけ。



もうすぐ、春だよ。
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by 2pinoko | 2008-02-23 02:06 | 出会い。