自分の足で立つ。

e0054921_101450.jpg



ジョニーにはまっています。
この人、奇人変人役がかぁっこいいのねぇ。ほうっ
人ゴミゴミゴミの映画館も何のその。
しっかり観に行ってきました。
どきどきわくわくぷぷぷのデップアワー。






実はこんなのも観てました。
『かもめ食堂』

e0054921_184834.jpg


けっこう好きです。
とりあえず帰ったらおにぎりいっぱい握ったよね。
日本の心、おにぎり。




がばいばあちゃんはもちろん大泣きしたんだけれど
映画としては構成がいまいち・・・・。
原作のほうが面白かったなぁ。




***************************************************



私は全身黒を身に纏い席に着いたまま
2時間の間私の前を通り過ぎていく人々の靴を眺めていた。

女の人の靴は多種多様で
でもそのほとんどが彼女たちの足に合っていない。
久しぶりに履く黒い靴が痛かったか少しびっこを引く女
なれないヒールに不自然に歩く女
踵が赤くなっている女
大きすぎる靴をカタカタといわせている女
小さい靴に無理やり押し込んだかパンパンに足が膨れ上がっている女
彼女らの足取りのほとんどが不安定で
ちょっと押したら転がっていってしまうのではないかと
そんなことを心配しながら白のカーネーションと彼女たちを交互に眺めて
時折目をつぶり深く空気を吸い込んで呼吸を整えた。



私は靴というものに執着する。
自分に合った靴というものに殊更拘る。
だからか。
化粧品や装飾品なんかより靴というものにかけるお金は大きい。
靴もち。である。

私の足が女性の平均的足型とちょいと異なっているせいもある。
自分の足に合う靴に出会う確率は少ない。
といっても、妥協する気もない。
自分の足で、しっかり、安心して立ちたいからだ。

靴が基本。と思っているところがある。
制服で学校に通っていたころ
シャツがよれよれでも靴だけは毎日磨いて登校しようと、そう思っていた。
ここに 存在するということ。
しっかりと ここに 立つということ。
地の上に立つ
地と私をつなぐ 靴
靴を履いて 私は しっかりと ここに 立つ。
昔から靴とは特別だった。
私を根幹で支えるための道具であった。

私というものを支える道具。
だからこそ私はこれに執着する。
服に合わせて
季節に合わせて
目的にあわせて
靴を変える。
そのときの自分が一番自信を持って立っていられるように。

高ければいいというものではない。
古びたスニーカーでもいい。
履く人の足にあった
目的に合った靴。
自分に合った靴で歩けば背筋も少し通る気がする。

靴の型に無理やり足をねじ込み
おぼつかない足取りで歩く人々は貧相に見える。
どんなに着飾っても
どんなに素敵なメイクをしても
足元がこれじゃあ台無し。


しっかりと自分の足で立っていたい。




自分に合った靴。
靴に合った歩き方。
意外にこれらが等閑になっている人が多いのだな、と
そんなことを2時間ぼぉっと考えていた。













私のこれまでのたった二十数年間の人生は
いったいどれだけの人間と関り
どれだけの人間に影響を与え
どれだけの人間の記憶に残り
こうして存在しているのだろうかと
参列する人々を眺めながら考える。

人。人。人。人。
どのように影響したかは問わないが
やはり彼らは偉大だったといわざるを得ない。
人。人。人。人。
やっと生まれた喪失感に 私は泣いた。



















会場の外はクーラーのききすぎた室内と違って蒸し暑く
蝉が滝もとどろに鳴いていた。

梅雨があける。

入道雲がやってくる。
[PR]
by 2pinoko | 2006-07-18 01:24 | こんなことがあった。
<< よろしQUEEN!!! おいしいもの哲学 >>