雪が降る降る

今日私が履いていたスカートは緑と紫のタータンチェック、飽きの来ないもの。
最近あまりにも寒いので厚手生地のそのスカートをクローゼットの奥から出して、履いた。

毎朝忙しくバタバタと服を選び、わたわたと家を出る。
今朝も同じようにあわててクローゼットを開けて
奥のスカートに目が留まる。
それでもいつもなら、履いていこうなんて気にはならないのに
今日はちょっと考えて、手を伸ばした。

実は初めて、履いた。
2年前から持ってはいたけれど。




緑と紫のタータンチェック、飽きの来ないもの。
そのスカートは伯母が私に形見としてくれたもの。

伯母が逝って 1年半がたつ。














私の伯母は小学校の先生だった。
しっかりした考えと、強さと、優しさと愛情をもって子供たちを教えていた伯母さん。
私は彼女を心から尊敬していた。

父の兄弟の中で1番苦労したのは彼女であろう。
極貧生活を両親とともに支え、我慢して、我慢してきた人だ。
大学なんて行けないから
働きながら夜学に通い、教員免許を取得した。

彼女の夫、私の伯父はパーキンソン病だ。
発症してから何度も手術を繰り返し、7,8年前からは歩行困難な状況にある。
伯母は長いことその伯父の世話をしていた。

多忙な教員生活。
体が不自由な伯父の世話。

傍から見ても無理があった。

そのうち体に不調が現れた。
仕事に支障を来たすほどの倦怠感、動悸などの貧血症状。
発熱、鼻出血、歯肉出血。
当時の診断名は膠原病。
医者もなかなか原因がわからなかったらしく
あえて言うならば膠原病、そんな話だった。













あれは母の病状も改善してきて、そろそろ退院、というときだったと思う。

伯母は、母の病室で、本当の自分の病名を告げた。









急性骨髄性白血病。












何で 何で 私の大切な人ばかりが。
やり場のない怒りと自分の無力さに 私は泣いた。











「私より、きっと旦那のほうが先に逝ってしまうと思っていたのよ。だから、しっかり私が見ていてあげなければって思っていたのにね。ごめんなさい、彼を残して私が先に行かねばならなくなってしまった。岸和田の家を引き上げて、こちらに引っ越してくるわ。私が死んだ後も、彼のことをお願いします。」

「もうね、最近の楽しみはおいしいご飯と紅茶。ちょっと高いけれど、アールグレイがいいわ。」

「確かにむりだったんだけれどね。でも無理しても行きたかったのよ。20年前の生徒が同窓会に来てくださいというのだから。最後だから、会っておきたくて。」

「ああ、ここからは山が見えるのねぇ。いいところね。帰るときはカーテンを開けたままにしておいてね。」

「花火、きれいねぇ。また見たいわ、こうやって。」

「あなたのお父さんが毎日自然薯をすって持ってきてくれるの。力、でるわね。」

「3ヶ月の命って言われたのに、私は6ヶ月も生かされているわ。こうやって冬を迎えて、クリスマスをみんなでできるなんて思ってもいなかった。うれしいなぁ。」

「私、病気は怖くないのよ。ただね、大切な人を置いて先に行ってしまうのが恐ろしく怖い。」

「どうか、どうか、人の痛みのわかるお医者さんになってください。」















夏祭りの花火を 再び伯母と一緒に見ることはかなわなかった。
















私が大切に履いていたスカートだから、あげる。若い子にも履けるスカートでしょう、はやり物ではないし。使って頂戴。

そういって渡されたスカートは今日までクローゼットの奥にしまったまま、1度も履いたことはなかった。
ふとそのスカートを見ると伯母のことが思い出されて、なんだか暖かな気持ちになり、ここ最近寒い日が続くし、と、何とはなしにそのスカートに手を伸ばした。




家庭教師のバイトが終わって帰宅。

テレビをつけると本田美奈子さんの番組。
全くの偶然なんだけれど
同じ白血病に亡くなった伯母のことが思い出され
今私がはいているスカートは伯母のものであり
全くの偶然なんだけれど・・・・・


一人 部屋で泣いた。



















伯母のスカートは、きちんとハンガーにかけて、また、元の場所にしまった。

次は伯母の仏壇に手を合わせるとき、履いていこうと、思った。
[PR]
by 2pinoko | 2005-12-17 00:06 | つらつら。
<< -13℃ 上皮壊死寸前 新しい相棒 >>